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2011/04/30

翁の源流を訪ねて
























奈良の多武峰(とうのみね)談山神社は、古くは妙楽寺と呼ばれる天台宗の寺が大きな力を持っている神仏習合の霊地でした。


その妙楽寺の常行堂で毎年正月に行われた修正会は、「六十六番の猿楽」という芸能の祭典が僧侶により披露されたことで有名で、世阿弥の『風姿花伝』も、猿楽の〈翁〉は、多武峰の「六十六番の猿楽」に始まると言っています。


しかし、残念ながら、多武峰常行堂の芸能は早くに絶え、現在は行われていません。常行堂の芸能に用いられた翁面が僅かに残り、かつての面影を伝えるのみです。


今回、その翁面が常行堂の堂内で数百年ぶりに復活します。といっても、かつて僧侶によって行われた「六十六番の猿楽」を再現するというのではなく、観世流の常の〈翁〉を、常行堂の翁面を用いて奉納する、という催しです。堂内が狭いため、入場料は少し高めですが、演者は超豪華で、観世流のオールスターキャスト。チケットはすでに売り切れているかも知れませんが、一応告知させていただきます。

前日には、〈翁〉についてのシンポジウムがあり、宮本もパネリストの一人として登壇します。

2011/04/29

空海からのおくりもの


私たち能楽研究所が親しくおつきあいしている外部機関のひとつに印刷博物館があります。今、そこで「空海からのおくりもの」と題する企画展示が行われています。


30代女子向けの(?)とてもしゃれたタイトルですが、実態は本好き・歴史好きを唸らせる、中世古版本の大企画展です。鎌倉・室町時代、高野山の山内では真言密教にかかわる経典・注釈書が盛んに出版されていました。これを「高野版」といいますが、今回の企画展では高野版を中心に、宋版・高麗版・春日版・古活字版等を惜しげもなく展示し、江戸時代初期までの印刷文化の歴史が通観できるようになっています。しかも、展示資料のほとんどは高野山内の諸寺院秘蔵のもので、今回、はじめて山を下りるものばかりだそうです。関係者を口説き落として開催にこぎ着けた学芸員の皆さんの熱意には脱帽させられます。


特に見物は、20点近く展示される高野版と、その鎌倉・室町時代の版木の数々です。高野版をここまでまとまったかたちで見られる機会は、今後、私たちが生きている間には巡ってこないのではないかと思います。「能」とは無縁の催しですが、同じ中世という時代に、都から離れた高野山でコツコツと版木を彫っていた職人さんがいたり、孜孜として読書に励む学僧がいたことに思いをはせてみるのもいいのではないでしょうか。




なお、今回の企画展示の入場料収入は、全額高野山を通じて東日本大震災の義援金にあてられるそうです。それから、お帰りの際にはぜひ図録をお土産に! 高野版の版木をイメージした表紙で、綴じ方は中世古版本に用いられた「粘葉装(でっちょうそう)」ふうにしています。ブックデザインとしてもとても面白いのです。



http://www.printing-museum.org/





2011/04/28

白洲正子展に行ってきました

GWで混む前に…と思って白洲正子展に行ってきました。
出品物は本当に豪華です。すばらしい仏像も曼荼羅図も女神像も古面も…。わたしは特に、平等院の「雲中供養菩薩像(北一号)」(小さな箏のような楽器を弾いている)と、鎌倉時代の相撲人形が気に入りました。

面白いのは、個々の展示物には主催者の解説を付けず、かわりに白洲正子がそれについて書いたエッセイを掲げていること。「白洲正子が訪ねた、寺社の名宝約120件を一挙公開」という宣伝文句にふさわしい、面白いやり方だなと思いました。
ただ、そのため、ちょっと困ったこともありました。実は、白洲正子さんが『二曲三体人形図』について書かれた時にご覧になっていたのは、今回出品している禅竹透き写しの写本ではなく、もっとずっと後の時代のかなり違った雰囲気の絵です(講談社文芸文庫の、白洲正子『世阿弥』で見ることができます)。そこでは、力動風の絵から梅の花が消えてしまっています。その絵に基づいて、今回の展示でも、

  世阿弥の中で「花」というものが、能をつらぬく一つの思想と化していたことがわかるが、…(中略)…砕動風に至ると、花が次第に少くなり、力動風ではまったくなくなってしまうのも、烈しい動きの能では、美しい風情も、幽玄な趣も、影をひそめるからである。

と説明されているのですが、実際に展示されているのは禅竹の忠実な写本なので、力動風にもちゃんと梅の花の絵が描きこまれているのです。こういうところなどは、少しだけでも別の人の補足説明があった方がわかりやすいな、と思いました。あるいは、こういう問題のない他の場所の絵を出しておけば良いのかもしれません。貴重な資料なので、同じ頁ばかり開かないように、展示する頁を変えていて、たまたま今日は力動風の頁が出ていたのかもしれませんが…。


出口のところに飾ってあった、壺を手にして座っている白州さんの写真がとても美しいのも印象的でした。砧公園の中の美術館。新緑もすばらしく、やっぱりおすすめの展覧会です。

2011/04/25

能のワークショップ

 4月23日、法政大学大学国際日本学インスティテュート(大学院の一つです)の授業「国際日本学入門」で、能のワークショップをおこないました。題して「日本でいちばん古い演劇 能楽入門―謡・舞・楽器・衣装―」。90分授業2コマ分の長丁場。
 初めに能研の山中が能についての概説をおこない、その後、観世流シテ方の武田宗典さんのご指導で能の型や謡の稽古を体験。また、同じく観世流シテ方の武田友志さん、武田文志さんにも加わっていただき、それぞれ雰囲気の違う三種類の仕舞を舞っていただいたり、観世流太鼓方の小寺真佐人さんに、能の囃子で使う楽器の説明や太鼓の演奏をお願いしたりもしました。盛りだくさんのプログラムです。
 実演の部分は写真を撮ることができませんが、能装束の着付け(普段は非公開)を見せてくださった部分と、囃子についての解説の様子を写真に撮りましたので、以下にアップします(撮影:高野宜秀)

 
能〈羽衣〉の天人の装束。着物をスカートがわりに腰に巻き付けています。シテの武田宗典さんはじっと立ったまま。着付役の武田友志さんと武田文志さんが、手際よく衣装を着けながら、わかりやすい解説をしてくださいます。


 


天人の羽衣(紫色の長絹)も着け、これから面をかけます。


 





小寺真佐人さんの解説。みんなで掛声の練習もしました。


みなさんお話も上手で素敵な方たちなので、この会の後さっそく、武田宗典さん主催の謡サロンに入会してしまった学生もいるようです。 

只今開催中


震災の日、能研は書架の本が散乱した程度で、書庫の貴重書はさいわい皆無でしたが、「あの資料」がどうなっているのかが心配でした。

「あの資料」とは、ちょうどその時、能研の外に貸し出していた「二曲三体人形図」。世阿弥が能の様々な役柄を演じる際の心構えをイラスト付きで書いた秘伝書で、能研が持っているのは、その最も古い室町時代の写本です。世阿弥の娘婿の金春禅竹が克明に透き写したもので、世阿弥自筆本の面影をもっとも良くとどめていると言われています。
そんな貴重な写本ですから、能研が始まって以来、美術館や博物館には一度も貸し出したことのない、いわば門外不出の資料でした。貸し出しを許可するかどうか、所員の間でも色々議論がありましたが、最終的に貸し出しをすることになり、搬出も無事済んだところに、この震災。もしも万一のことがあれば、その決断を大いに後悔したところですが、幸い、週明けに資料が無事であるとのご連絡をいただき、ようやく胸をなで下ろしたした次第です。

その「二曲三体人形図」が出展される「白洲正子展」が、五月八日まで世田谷美術館で開催されています。他にも、世阿弥の長男元雅が奈良の天河弁才天に寄進した有名な尉面、十二又五郎の三番叟面など、能関係の逸品がいくつか出展されています。
http://www.setagayaartmuseum.or.jp/exhibition/exhibition.html

六百年の天災地災をくぐり抜けてきた強運の品々にどうぞ会いに来て下さい!

2011/04/19

田楽しづやの曲舞(続)




『武蔵野文学』『リポート笠間』『いずみ通信』……。出版社のPRを兼ねたこうした小冊子は、日文(国文)の学部生・大学院生の談話室や共同研究室でよく見かけますよね。私が大学院生のとき、共同研究室の大テーブルの真ん中には、いつも某社のPR誌が山積みされていました。何に使うかというと……。

その頃、お酒の大好きな先生がよく共同研究室にやってきて、酔った勢いで院生たちを「いじる」のです。それはもう怖くて怖くて。先生の気配を察知すると、それまで雑談していた我々は、そのPR誌を取り上げて勉強しているふりをするのです。すると先生は、「なんだ、おめえら勉強中か~」とつまらなそうに帰ってゆく。私にとって出版社のPR誌は、そんな昔を思い出させるものなのです。

閑話休題。先日、京大本『太平記』に田楽しづやの曲舞が出てくることを紹介しましたが、同書の宣伝文が『勉誠通信』に掲載されました。でもこれ、冊子ではありません。web上で閲覧するPR誌なのです。以下のアドレスで閲覧できますので、お暇な方はご一読を!

2011/04/03

まことの花

 昨年10月から刊行されている「新・週刊マンガ日本史」シリーズ、書店で御覧になったことのある方もいらっしゃるのではないでしょうか。ひょんなことから、この2月に出た『観阿弥・世阿弥』の監修を仰せつかったのが昨年の秋のこと。「監修」というととてもご大層な仕事のようですが、要は出版社から届いたストーリーや下絵をチェックしてダメ出しをするわけです。

 もう時効でしょうから(?)バラしてしまいますと、最初私の所に届けられた原稿には「現在演じられている能のほとんどが世阿弥の作品」を初めとするかなり昔の学説があちこちで紹介されていて、ツッコミどころ満載でした(笑)。マンガの方も個人的にいろいろ思うところがあって、かなり執拗に直しをお願いしました。何度も「ここはおかしい!」「こういう絵柄には絶対ならない!」と原稿を突っ返したので、編集者さんやマンガ家さんには相当煙たがられたことでしょう。
 
 専門的な学術書ではないこと、ビジュアル的にウケる絵である必要があること、そういう「大人の事情」も勿論わかります。でも、せっかく観阿弥・世阿弥がシリーズに取り上げてもらえたのだから、たとえ小学生向けを謳ったものであってもきちんとした内容にしたいではありませんか。さて、そんな私の切なる願いは一体どこまで叶えられたか。お知りになりたい方は、今すぐ書店へ!(笑)
(朝日新聞出版 新・週刊マンガ日本史(第17号)『観阿弥・世阿弥』,2011年2月刊,490円)

2011/04/02

田楽しづやの曲舞


研究仲間と『校訂 京大本 太平記』を刊行しました。京大本は四系統に分類される『太平記』諸本のうちの丙類本に属します。実は、この系統の伝本が翻刻されるのははじめてなのです。『太平記』は長いので、翻刻するだけでホネが折れます。しかも、京大本は平仮名本なので、通読に耐えるよう振り漢字を施しました。ここまで来るには長い道のりでした(笑)。

京大本には他本には見られない興味深い独自記事が多いのですが、その中の一つに「田楽しづや」の曲舞が引用されていることがあげられます。巻四十一、佐々木道誉が大原野花会を催すにあたり、しづやに作らせ、舞い歌わせたというものです。本文ではその詞章が丸々引用されています。〈西行桜〉に重なる部分も多いのですが、私の実力不足で典拠未勘のところも少なくありません。興味のある方はぜひ『校訂 京大本 太平記』をお読みください。勉誠出版刊、上下二冊、1468頁、定価49,500円+税、です。図書館へのリクエストをお忘れなく!

新年度になりました

初めまして。4月から能楽研究所の所長を務めることになりました、山中です。

このたびの地震と津波で亡くなられた多くの方々のご冥福をお祈りするとともに、被災されたみなさまに、心からの御見舞いを申しあげます。

市ヶ谷キャンパスの建物のなかには、タイルや壁土が剥がれ落ちるなどの被害が出ているところもあるようですが、能楽研究所はさいわい大した被害もなく、貴重な資料もみな無事でした。4月いっぱいは夜間閲覧はできなくなりましたが、7日からは昼間の閲覧業務は再開します。

このブログ、研究所の活動記録と銘打ちながら、なかなかアップできないまま新年度を迎えてしまいましたが、今後はあまり肩肘張らず、日々の研究・教育活動の報告や、その中で気づいたことなどを、所員がそれぞれ自由に書き込んでいく予定ですので、どうぞよろしくお願いします。